「健保組合と連携すれば中小企業もEAPが使える」コストを抑えて従業員のメンタル・身体・復職まで一括サポートする方法

従業員が100人未満の中小企業では、「健康管理はやるべきとわかっているが、何から手をつければいいのかわからない」という声をよく耳にします。EAP(Employee Assistance Program:従業員支援プログラム)の名前は知っていても、コストが高そうだ、大企業向けのサービスだという先入観から、導入に踏み切れない経営者・人事担当者も少なくありません。

一方、多くの企業が加入している健康保険組合(以下「健保組合」)や全国健康保険協会(協会けんぽ)は、医療費削減や予防・健康づくりのためのさまざまな保健事業を提供しています。しかし、その内容を十分に把握しておらず、「保険料を払っているだけ」になっているケースも多いのが実情です。

実は、EAPと健保組合のサービスは競合するものではなく、互いの弱点を補い合う補完関係にあります。この二つをうまく組み合わせる「コラボヘルス」の枠組みを活用することで、中小企業でも費用対効果の高い総合的な健康支援体制を構築できます。本記事では、その具体的な方法と実践ポイントを解説します。

目次

EAPと健保組合は何が違うのか——役割の整理から始めよう

連携を設計する前に、それぞれの機能と役割を正確に理解することが重要です。混同したまま進めると、施策が重複したり、逆に対応の空白地帯が生まれたりします。

EAPが担う領域

EAPとは、従業員が抱える職場上の問題だけでなく、家庭・経済・法律・メンタルヘルスなど生活全般の問題に対して、専門家が相談・カウンセリング・情報提供を行う事業場外資源(社外の専門機関)です。厚生労働省の「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(2006年)では、メンタルヘルスケアの枠組みとして「4つのケア」が示されており、EAPはそのうちの「事業場外資源によるケア」に位置づけられています。

  • 個人へのカウンセリング(対面・電話・オンライン)
  • ストレスチェック後のフォローアップ面談
  • 管理職向けラインケア研修
  • 休職者の職場復帰支援(リワーク支援)
  • メンタルヘルス不調の早期発見・早期介入

つまり、EAPの強みは「個人」への深い介入にあります。

健保組合・協会けんぽが担う領域

健康保険法第150条の2に基づき、健保組合・協会けんぽは特定健康診査(いわゆるメタボ健診)と特定保健指導の実施が義務づけられています。さらに、保険者が保有するレセプト(診療報酬明細書)や健診データを活用して、医療費の分析や重症化予防、受診勧奨などの保健事業を行います。

  • 特定健康診査・特定保健指導(メタボリックシンドローム対策)
  • 生活習慣病の重症化予防プログラム
  • 糖尿病・高血圧などハイリスク者への受診勧奨
  • 医療費分析・データヘルス計画の策定
  • がん検診・歯科健診などの保健事業(健保組合によって異なる)

健保組合の強みは、「集団」全体の健康状態をデータで把握し、予防医療を推進する点にあります。

二つの補完関係

整理すると、EAPは「気づきにくいメンタル・生活上の問題を個人レベルで支援する」機能を持ち、健保組合は「集団データから医療費や疾病リスクを管理する」機能を持ちます。どちらか一方では対応しきれない領域を、もう一方が補うことができます。この役割分担を明確にしたうえで連携の設計を進めることが、遠回りのようで実は最も効率的なアプローチです。

コラボヘルスとは何か——国が推進する保険者と事業主の協働

EAPと健保組合の連携を語るうえで欠かせないのが「コラボヘルス」という概念です。これは経済産業省と厚生労働省が共同で推進している、保険者(健保組合・協会けんぽ)と事業主が一体となって従業員の健康づくりに取り組む枠組みです。

2016年に経済産業省が「健康経営優良法人認定制度」を開始して以降、コラボヘルスへの注目は急速に高まっています。健康経営優良法人の認定要件にも「保険者との連携」が含まれており、健康経営の取り組みと保険者の保健事業を連動させることが、制度として後押しされる形になっています。

データヘルス計画との接続

2015年から全保険者に策定が義務化された「データヘルス計画」は、レセプト・健診データを分析して保健事業の目標・施策・評価指標を定める計画です。第3期(2024〜2029年度)では、事業主との連携強化が計画の中に明確に位置づけられました。これは、事業主側がEAP等の施策を健保組合のデータヘルス計画と接続することで、双方の施策の整合性を高めやすくなったことを意味します。

具体的には、健保組合が分析した「生活習慣病リスクの高い従業員層」の情報(個人が特定されない集計・匿名化データとして)を事業主側に共有し、事業主がEAPや産業保健スタッフと連携して職場での介入を行う、という流れが理想的なコラボヘルスの姿です。

保険者努力支援制度のインセンティブ

保険者が予防・健康づくりに積極的に取り組んだ場合、後期高齢者支援金の加算・減算や交付金に反映される「保険者努力支援制度」があります。EAP導入によって従業員のメンタルヘルス対策が充実し、健診受診率や特定保健指導実施率といった成果指標が向上すれば、健保組合にとってもインセンティブ獲得につながる可能性があります。つまり、EAPへの投資が健保組合の保険財政にも間接的にプラスの効果をもたらす構図が成り立ちます。

中小企業が直面する3つの課題と連携による解決策

中小企業が健康管理施策を進めるにあたって、特に頻繁に挙がる課題が三つあります。それぞれについて、EAPと健保組合の連携がどのように機能するかを見ていきましょう。

課題1:メンタルヘルス不調への早期介入ができていない

労働安全衛生法第66条の10に基づくストレスチェック制度は、従業員50人以上の事業場では実施が義務、50人未満では努力義務とされています。しかし、ストレスチェックを実施しても、高ストレス者への面接指導や事後対応が形式的になっているケースは少なくありません。

連携による解決策:ストレスチェックの集団分析結果を健保組合のデータヘルス計画に取り込み、職場環境改善の優先課題を特定します。一方で、高ストレス者や相談ニーズのある従業員にはメンタルカウンセリング(EAP)へのアクセス経路を整備し、産業医・産業保健師との連携のもとで個別対応を行います。この「集団分析→職場改善(健保・事業主)」「個別相談→カウンセリング(EAP)」という二層構造が、早期発見・早期介入の実効性を高めます。

課題2:生活習慣病の重症化が医療費を押し上げている

健康診断で要受診と判定されながら実際には医療機関を受診していない「未受診者」や、治療を中断している「治療中断者」は、将来的に医療費が大きく膨らむリスクがあります。しかし、人事担当者が個別に受診勧奨を行うのは業務負担が大きく、また健康情報の取り扱いには慎重さが求められます。

連携による解決策:健保組合(または協会けんぽ)は、レセプトと健診データを突合して未受診・治療中断のリスクが高い対象者を特定し、保険者の立場から受診勧奨を行うことができます。EAPは、受診への不安や医療機関との橋渡しが必要な従業員に対して、電話やオンラインでの相談対応を補完します。事業主は職場環境として受診しやすい時間的余裕の確保や、受診を促すコミュニケーション(管理職へのラインケア研修)を担います。

課題3:休職・復職の対応が属人的で再休職を繰り返す

メンタルヘルス不調による休職者の職場復帰は、対応が属人的になりがちです。主治医の診断書だけを根拠に復職を許可し、その後すぐに再休職するケースは珍しくありません。これは従業員本人にとっても辛く、職場にとっても大きな損失です。

連携による解決策:EAPが提供する職場復帰支援プログラム(リワーク支援)を活用し、産業医サービスと連携した復職判定の手続きを整備します。健保組合は、休職期間中の傷病手当金の情報をもとに長期休職者の状況を把握し、復職後の生活習慣改善(睡眠・運動等)に関するプログラムを提供するケースもあります。「主治医・EAPカウンセラー・産業医・人事」の四者が連携した復職判定フローをあらかじめ設計しておくことが、再休職防止のカギとなります。

個人情報の取り扱いと守秘義務——連携の「落とし穴」を避けるために

EAPと健保組合の連携を設計するうえで、最も慎重に扱わなければならないのが個人情報・健康情報の取り扱いです。連携を急ぐあまり、この点が不十分だと、従業員の信頼を大きく損なうリスクがあります。

健康情報は個人情報保護法上の「要配慮個人情報(センシティブ情報)」に該当し、取得・提供・利用に際して厳格なルールが適用されます。また、厚生労働省の「労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱いのために事業者が講ずべき措置に関する指針」(2018年)は、事業者が健康情報の取り扱いルールを社内で整備することを求めています。

データ連携の原則:集計・匿名化が基本

EAPのカウンセリング記録や健診データを事業主に提供する場合には、原則として本人の同意が必要です。EAPの利用者が「相談内容が会社に筒抜けになるのでは」と感じれば、利用をためらう従業員が出てきます。EAPの相談窓口への信頼を守るためにも、個人が特定されない集計データ・匿名化データでの共有を基本とすることが重要です。

たとえば、「今月のEAP相談件数の内訳(テーマ別・部門別の集計)」や「特定保健指導対象者数の推移」といった形でデータを活用し、個人レベルの情報は関係者間の守秘義務を明確にしたうえで産業保健スタッフが管理する体制が望ましいといえます。

KPI(目標指標)の設定例

連携の効果を測るためには、あらかじめ評価指標を設定しておくことが重要です。参考として、以下のような指標が挙げられます。

  • EAP利用率(相談窓口の利用件数)
  • ストレスチェック高ストレス者比率の推移
  • 特定保健指導完了率・健診受診率
  • 休職者数・平均休職日数・再休職率
  • 1人当たり医療費の推移
  • プレゼンティーズム(出勤しているが生産性が低下している状態)の測定(WLQ等の標準化ツールを用いた評価)

これらの指標を健保組合と事業主が共有し、年度ごとに評価・改善を繰り返すPDCAサイクルを回すことが、コラボヘルスの実効性を高めます。

中小企業が今すぐ始められる実践ステップ

「理想はわかるが、人手もコストも限られている」という中小企業の実態を踏まえ、段階的に取り組める実践ステップを整理します。

ステップ1:まず健保組合(または協会けんぽ)に問い合わせる

自社が加入している健保組合や協会けんぽの担当者に連絡し、現在利用できる保健事業の内容を確認することから始めましょう。健診データの提供、特定保健指導の実施状況、重症化予防プログラムの有無など、すでに使えるリソースが眠っているケースは少なくありません。協会けんぽ加入の企業でも、都道府県支部を通じて保健師によるサポートや健康づくり支援を受けられる場合があります。

ステップ2:EAPの導入形態を柔軟に検討する

EAPには、大手EAP専門会社との直接契約のほか、健保組合が福利厚生の一環として提供しているメンタルヘルス相談サービスや、産業医サービスに付帯するカウンセリング機能など、複数の形態があります。まずは自社の健保組合や加入している福利厚生サービスにEAPに類する機能がないかを確認し、不足部分を外部EAPで補完するという考え方が、中小企業にとってコスト効率の良いアプローチです。

ステップ3:役割分担と情報共有のルールを明文化する

健保組合・EAP・産業医・人事それぞれの役割と、情報共有の範囲・方法をあらかじめ文書化しておきます。「誰がどのケースに対応するか」「どの情報を誰が持つか」を明確にしないまま運用すると、対応が属人化し、連携の実効性が失われます。社内規程として「健康情報取扱規程」を整備することも、法令上の要請に応える観点から重要です。

ステップ4:健康経営宣言と組み合わせて施策の「見える化」を図る

経営者が健康経営宣言を行い、施策の全体像を従業員に示すことで、EAPや保健事業への参加意欲を高める効果が期待できます。健康経営優良法人の認定申請は、コラボヘルスの推進や各種施策の整理・強化を促す良い機会にもなります。

まとめ

EAPと健保組合の連携は、「どちらか一方を選ぶ」ものではなく、それぞれの強みを活かして「個人への深い介入」と「集団データに基づく予防」を組み合わせることで、総合的な健康支援体制を実現するものです。

コラボヘルスの枠組みは、国が政策として推進しており、データヘルス計画の第3期(2024〜2029年度)では事業主との連携がより明確に求められています。中小企業であっても、段階的なアプローチをとることで、大企業に引けを取らない健康支援の仕組みを構築することは十分に可能です。

まずは自社が加入する健保組合や協会けんぽに問い合わせ、現在使える保健事業を把握することから始めてください。そのうえで、EAPの機能をどこに追加するかを検討することが、コスト効率の良い第一歩となります。個人情報の取り扱いルールを整備しながら、保険者・EAP・産業保健スタッフ・人事が連携したPDCAサイクルを回し続けることが、従業員の健康と企業の生産性を長期的に支える基盤となるでしょう。

よくあるご質問

Q. 協会けんぽに加入している中小企業でも、健保組合と同様のコラボヘルスに取り組めますか?

はい、可能です。協会けんぽも都道府県支部を通じて、事業主との連携によるコラボヘルスを推進しています。健診データの提供や保健師によるサポート、特定保健指導の実施支援などを受けられる場合があります。まずは都道府県の協会けんぽ支部に、利用可能な保健事業と連携の方法を問い合わせることをお勧めします。

Q. EAPのカウンセリング内容は会社側に報告されてしまうのでしょうか?

原則として、EAPカウンセラーには守秘義務があり、個人の相談内容が本人の同意なく事業主に報告されることはありません。事業主に共有されるのは、個人が特定されない利用件数や相談テーマの集計データが基本です。ただし、自傷他害のリスクが認められる緊急時など、例外的なケースについてはあらかじめ利用規約で開示範囲を明示しているEAP事業者が多いため、契約前に確認することが重要です。

Q. EAPと産業医サービスは別々に契約する必要がありますか?

必ずしも別々に契約する必要はありません。産業医サービスにカウンセリング機能が付帯しているサービスも存在します。重要なのは、産業医による就業判定・医療連携とEAPによる個別カウンセリングの役割の違いを理解したうえで、自社の規模やニーズに合った組み合わせを選ぶことです。詳しくは産業医サービスのページもご参照ください。

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