近年、日本の中小企業において外国人労働者の採用は急速に広がっています。厚生労働省の「外国人雇用状況の届出状況」によると、2023年10月時点での外国人労働者数は約204万人に達し、過去最高を更新し続けています。製造業・建設業・飲食業・介護業など、幅広い業種で外国人労働者が職場を支える存在となっている一方、彼らのメンタルヘルスケアに取り組んでいる企業はまだ少数にとどまっています。
「言葉が違うから、相談窓口を作っても使ってもらえないのでは」「文化的な背景が違いすぎて、どう対応すればよいかわからない」——そうした声を、人事担当者や経営者から多く耳にします。しかし、外国人労働者のメンタルヘルスケアを後回しにすることは、突然の欠勤・離職・職場トラブルといったリスクを高めるだけでなく、法令上の義務を果たしていないという問題にもつながりかねません。
本記事では、外国人労働者向けのEAP(Employee Assistance Program=従業員支援プログラム)を導入・運用する際に必要な多言語対応と文化的配慮のポイントを、法律の根拠も踏まえながら具体的に解説します。
外国人労働者のメンタルヘルスケアは「法律上の義務」でもある
まず前提として確認しておきたいのは、外国人労働者も日本の労働法制の保護対象である、という点です。
労働基準法第3条は、国籍を理由とした差別的取扱いを明確に禁止しています。つまり、日本人従業員には提供しているメンタルヘルス支援を、外国人労働者には提供しないという対応は、法的に問題となりうる行為です。
また、常時50人以上の労働者を雇用する事業場では、労働安全衛生法第66条の10に基づくストレスチェック制度の実施が義務付けられており、これは外国人労働者にも当然適用されます。厚生労働省の「ストレスチェック制度実施マニュアル」には英語・中国語・ポルトガル語などの多言語版ツールの活用例も掲載されており、実質的に多言語対応が推奨されている状況です。
さらに、技能実習制度においては、外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律(技能実習法)により、監理団体に対して相談窓口の設置と母国語対応が努力義務として課されています。特定技能制度においても、登録支援機関による生活支援・相談対応が義務付けられています。
労働安全衛生法第69条は、事業者が労働者の心身の健康保持増進のために必要な措置を講ずるよう努めなければならないと定めており、これは雇用するすべての労働者が対象です。外国人労働者のメンタルヘルスケアは、単なる「好意的な配慮」ではなく、法令に基づく使用者責任の一部として位置づける必要があります。
外国人労働者が「相談できない」本当の理由
「困ったことがあればいつでも相談してください」と伝えているのに、外国人従業員から相談が来ない——多くの企業の担当者が感じているこの疑問には、言語の壁だけではない複合的な理由があります。
メンタルヘルスへのスティグマ(偏見・烙印)の問題
スティグマとは、特定の状態や属性に対する社会的な偏見・否定的なレッテルのことを指します。東南アジア・東アジアの多くの国では、「心の問題」を他者に打ち明けることへの強い抵抗感があります。「精神的に弱い人間だと思われる」「家族に恥をかかせる」という意識が根強く、問題を抱えていても内に抱え込んでしまいやすい傾向があります。
このため、EAPや相談窓口を「メンタルヘルスの支援」として前面に出すだけでは利用が進みません。「仕事の悩みや生活の困りごとも含めて相談できる場所」「パフォーマンスを上げるためのサポートツール」という形で伝え方を工夫する(リフレーミング)ことが効果的です。
守秘義務への不信感
集団主義的・権威主義的な文化圏(ベトナム・中国・フィリピン・インドネシアなど)では、「相談した内容が上司や会社に筒抜けになるのではないか」という不安が、相談の大きなハードルになります。EAPや相談窓口が「会社から独立した第三者機関である」「相談内容は本人の同意なく会社に報告されない」ということを、入社時から繰り返し、具体的な言葉で伝えることが重要です。
また、通訳を使った面談に対しても「知り合いかもしれない」「同じコミュニティの人間かもしれない」という懸念から、相談を避けるケースがあります。外部の専門機関による母語カウンセラーの活用や、電話・チャットなどの非対面チャネルを複数用意することが有効です。
在留資格に関わる不安
技能実習生や特定技能労働者の場合、「相談することで在留資格に影響が出るのではないか」「仕事を失うのではないか」という恐怖感が背景にあることも少なくありません。監理団体・登録支援機関・雇用主の関係が複雑なため、誰に何を相談すれば安全なのかを判断できない状況に置かれています。
このような場合、メンタルカウンセリング(EAP)を提供する外部機関が在留資格や雇用関係とは完全に切り離された存在であることを、わかりやすく丁寧に説明することが欠かせません。
多言語対応の実務:何から始めればよいか
多言語対応と聞くと「コストが膨大にかかる」と感じる経営者・人事担当者も多いかもしれません。しかし、段階的に進めることで、限られた予算でも実効性の高い支援体制を構築することは可能です。
ステップ1:自社の言語構成を把握する
まず、現在雇用している外国人労働者の国籍・使用言語の構成を正確に把握します。主要な言語としては、ベトナム語・中国語(簡体字・繁体字)・フィリピノ語(タガログ語)・インドネシア語・ポルトガル語・英語などが挙げられますが、自社の状況に合わせて優先順位を設定することが重要です。すべての言語に同時対応しようとすると資源が分散するため、上位2〜3言語から対応を始めることを推奨します。
ステップ2:相談窓口情報を多言語化する
EAPや相談窓口の案内資料を、自社の主要言語に翻訳して整備します。この際、AI翻訳ツール(DeepLなど)は一次対応として有効ですが、心理的・感情的なニュアンスを含む表現や、精神医学・メンタルヘルス関連の専門用語については、必ず専門家や母語話者による確認を経てください。誤訳が信頼の喪失につながるリスクがあります。
作成した案内資料は、入社時のオリエンテーションで配布するほか、各国のコミュニケーションツール(WeChat・Zalo・LINEなど)を活用して発信することも効果的です。QRコードで相談窓口へアクセスできる仕組みを作ると、スマートフォンに慣れた若い労働者層には特に使いやすくなります。
ステップ3:EAPプロバイダー選定時の確認ポイント
外部のEAPサービスを導入する場合、以下の点を事前に確認することが重要です。
- 対応言語の種類と品質:単に「多言語対応」と謳っているだけでなく、実際に母語を話すカウンセラーが在籍しているかどうかを確認する
- カウンセラーの文化的背景:言語が話せるだけでなく、当該国の文化・価値観・家族関係の構造を理解しているかどうか
- 複数チャネルの有無:電話・チャット・ビデオ相談など、利用者が選べる接触方法があるか
- 守秘義務の仕組み:相談内容の管理体制と、企業への報告範囲が契約上明確になっているか
- 小規模企業向けプランの有無:大企業向けのパッケージしかないEAPでは、中小企業には費用対効果が合わないことがある
文化的配慮の実践:管理職・現場リーダーへの教育が鍵
多言語対応の仕組みを整えても、日常的な職場コミュニケーションで文化的な摩擦が生じていれば、外国人労働者が相談しやすい環境を作ることはできません。管理職・現場リーダーへの教育が、EAPの効果を最大化するための土台となります。
宗教・慣習への理解と柔軟な対応
イスラム教徒の労働者(インドネシア・マレーシア・バングラデシュ出身者に多い)に対しては、礼拝時間・ラマダン期間中の体調変化・食事制限(ハラール対応)への理解が不可欠です。これらへの配慮の有無は、労働者の心理的安全性に直接影響します。「宗教的な理由で食堂の食事が食べられない」「礼拝のために5分だけ抜けたい」といった要望に柔軟に応対できる職場文化を作ることが、信頼関係の基盤になります。
家族・コミュニティ関係の重視
多くのアジア系労働者にとって、本国に残した家族への送金・家族の健康・家族関係のトラブルは、大きな精神的ストレス源となります。「職場のことは職場で解決すべき」という発想で「仕事に関係のない話」と断ち切ってしまうと、労働者が抱える本質的な悩みを見逃す可能性があります。EAPのカウンセリングが、職場問題だけでなく生活全般の相談に対応できるサービスであることを周知することが重要です。
無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)への気づき
「外国人はあまり自分の意見を言わない」「体調が悪くても休まない(文化的に我慢強い)」といった固定観念は、管理職が問題のサインを見逃す原因になります。一方で、「表面上は明るく振る舞っていても内面では深刻に悩んでいる」というケースも少なくありません。定期的な個別面談や、業務上のパフォーマンス変化・欠勤・ミスの増加など、行動面の変化を観察する習慣を管理職が持てるよう教育することが有効です。
管理職向けの研修プログラムを自社で整備することが難しい場合は、産業医サービスを活用して、専門家の知見を取り入れながら職場環境の改善を進めることも一つの選択肢です。
外国人労働者向けEAPを機能させるための実践ポイント
最後に、中小企業が実際に取り組む際の具体的なポイントを整理します。
- 入社時から仕組みを説明する:EAPや相談窓口の存在を、入社オリエンテーションの段階から母国語の資料で丁寧に説明する。「困ったときだけ知らせる」のではなく、定期的に周知する
- 「使った実績」を見せる:「実際に使っている人がいる」という事実が、利用への心理的ハードルを下げる。個人情報を守りながらも、「多くの人が気軽に使っている」という雰囲気を作ることが重要
- ストレスチェックの多言語対応を優先する:常時50人以上の労働者を雇用する事業場では、ストレスチェックの質問票を主要言語に翻訳して提供することで、外国人労働者が自らのストレス状態を把握できる機会を確保する。厚生労働省は多言語版ツールの活用を推奨している
- 現場の「通報者」ではなく「サポーター」を育てる:同じ国籍の先輩労働者が相談の入口になることは自然な流れだが、守秘義務の問題もある。「困っている仲間がいたら、相談窓口を案内する」という役割を担えるキーパーソンを育成することが有効
- 定期的に利用状況を確認・改善する:EAPの導入後、利用率や利用した労働者からのフィードバックを定期的に確認し、言語・チャネル・コンテンツの改善を継続的に行う
まとめ
外国人労働者向けのEAPは、「特別な対応」ではなく、すべての労働者が安心して働ける職場環境を整えるための標準的な取り組みとして位置づけることが大切です。労働安全衛生法・技能実習法・特定技能制度など、関連する法律や制度は、外国人労働者のメンタルヘルスケアを使用者の責任として明確に位置づけています。
多言語対応は一度にすべてを揃える必要はありません。自社の言語構成を把握し、優先度の高い言語から段階的に整備していくことが現実的です。そして何より重要なのは、「仕組み」を整えると同時に、管理職・現場リーダーが文化的背景への理解を深め、外国人労働者が「ここなら安心して話せる」と感じられる職場文化を醸成することです。
外国人労働者のメンタルヘルスケアへの投資は、離職防止・生産性向上・職場トラブルの予防という形で、中長期的に企業の経営基盤を支える取り組みになります。まだ着手していない企業は、今こそ第一歩を踏み出すタイミングといえるでしょう。
よくある質問(FAQ)
外国人労働者が少人数でもEAPの導入は必要ですか?
外国人労働者の人数にかかわらず、すべての労働者のメンタルヘルスケアは使用者の努力義務です(労働安全衛生法第69条)。ただし、小規模企業の場合は専用のEAPを新たに導入するよりも、既存の相談窓口の多言語化や、外部の多言語対応相談機関との連携から始めることが現実的です。まずは自社の外国人労働者が主に使用する言語を把握し、その言語で相談窓口の案内を周知することから取り組むことをお勧めします。
通訳を使えばカウンセリングは成立しますか?
通訳を介したカウンセリングは実施可能ですが、いくつかの課題があります。第一に、心理的・感情的なニュアンスが通訳の過程で失われるリスクがあります。第二に、「通訳者に個人的な悩みを知られたくない」という心理的抵抗から、本音を話しにくくなるケースがあります。可能であれば、対象言語を母語とするカウンセラーによる直接対応が理想的です。通訳付き相談と母語カウンセラーによる相談の両方を提供しているEAPプロバイダーを選ぶことが望ましいといえます。
技能実習生のメンタルヘルスケアは監理団体の役割ではないのですか?
技能実習法上、監理団体には相談窓口の設置と母国語対応の努力義務が課されていますが、技能実習生を実際に雇用しているのは受け入れ企業(実習実施者)です。日常的な職場環境の管理・健康管理の義務は雇用主にあり、監理団体任せにすることは適切ではありません。監理団体・登録支援機関・雇用主がそれぞれの役割を理解したうえで連携し、重複や空白のない支援体制を構築することが重要です。
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