「外国人従業員が”辞める前”に気づけるか?中小企業が今すぐ始める多言語相談窓口の作り方」

日本で働く外国人労働者数は、2023年10月時点で約204万人に達しており(厚生労働省「外国人雇用状況の届出状況」)、中小企業においても外国人従業員の存在はもはや珍しくありません。しかし、労働環境における相談体制の整備が追いついていない企業は多く、特に言語の壁が深刻な課題として浮き彫りになっています。

「うちの外国人スタッフは日本語が上手だから大丈夫」「相談窓口は設けているから問題ない」——そう思っている経営者・人事担当者ほど、実は足元のリスクを見落としているかもしれません。外国人労働者からの相談が少ないのは、問題がないからではなく、相談できる環境が整っていないため問題が潜在化しているケースが少なくないのです。

本記事では、中小企業が取り組むべき従業員相談窓口の多言語対応について、法的背景・よくある失敗・実践的な整備方法まで体系的に解説します。

目次

なぜ今、相談窓口の多言語対応が急務なのか

外国人労働者を取り巻く制度は、ここ数年で大きく変化しています。長年にわたり外国人労働力の受け入れを担ってきた技能実習制度が廃止され、2027年の完全施行を目指して育成就労制度へと移行が進んでいます。この新制度では、外国人労働者の権利保護の観点が大幅に強化されており、監理支援機関や特定技能所属機関に対して、母語による相談対応体制の整備が求められるようになっています。

また、ハラスメント防止の観点からも無視できない変化があります。労働施策総合推進法の改正により、パワーハラスメント(職場における優越的な関係を背景とした言動で、業務上必要な範囲を超えたもの)への相談窓口設置義務は、2022年4月から中小企業にも適用されています。当然ながら、外国人労働者もこの保護の対象であり、言語を理由に相談機会が実質的に奪われている状態は、法令の趣旨に反すると解釈されます。

さらに、労働施策総合推進法に基づく外国人雇用管理指針では、外国人労働者の苦情・相談に対応する体制整備が事業主の努力義務として明記されています。「努力義務だから対応しなくてよい」と捉えるのではなく、トラブルが発生した際の企業責任や、人材定着・採用競争力の観点からも、早期の対応整備が経営上のメリットにつながります。

多言語対応で陥りやすい「3つの落とし穴」

落とし穴① 「英語で対応すれば大丈夫」という思い込み

ベトナム・インドネシア・フィリピンなど東南アジア出身の労働者にとって、英語は母語ではありません。日常会話レベルの英語が話せるとしても、労働条件・賃金・社会保険・ハラスメントといった法律・制度に関わる用語を英語で正確に理解するのは、多くの場合困難です。

「説明した」「理解した」と双方が思っていても、実態として内容が正確に伝わっていないケースは珍しくありません。とりわけ、最低賃金の計算方法、有給休暇の取得手続き、社会保険の仕組みなどは、母国と制度が大きく異なるため、母語での丁寧な説明が不可欠です。

落とし穴② 同僚の外国人労働者を通訳として使う

コストや手軽さを理由に、同じ国籍の先輩従業員や同僚に通訳を依頼する企業は少なくありません。しかし、この方法にはいくつかの深刻なリスクがあります。

  • 個人情報・機微情報の漏洩リスク:給与や健康状態、家庭の事情など、本人が開示を望まない情報が職場内に広まる可能性があります。
  • ハラスメントの当事者が通訳を務めるリスク:相談の相手方や関係者が通訳を担当することで、相談内容が改変・隠蔽されるおそれがあります。
  • 相談抑制の問題:「同僚に知られたくない」という心理から、深刻な問題を相談できない状況が生まれます。

通訳者が同じ職場の人間である限り、相談者が本音を語れる環境は担保できません。相談窓口の「独立性・中立性・秘密保持」は、実効性を確保するための基本条件です。

落とし穴③ 「窓口を設けた=対応完了」という思い込み

相談窓口を形式的に設置しても、外国人労働者にその存在が伝わっていなければ機能しません。入社時のオリエンテーションが日本語のみで行われ、その後のフォローもなければ、窓口は「ある」が「使われない」状態になります。

相談窓口の情報は、母国語で、かつ入社時から繰り返し周知することが重要です。言語に依存しない視覚的なフロー図(イラスト・アイコン付きの案内)を作成し、休憩室や寮の掲示板など、従業員の目に触れやすい場所に掲示することも有効な手段のひとつです。

法的に押さえておくべき義務と指針のポイント

中小企業経営者・人事担当者が特に理解しておくべき法的ポイントを整理します。

  • 外国人雇用管理指針(労働施策総合推進法):苦情・相談への対応体制整備、労働条件の母国語説明が事業主の努力義務として位置づけられています。
  • パワーハラスメント防止措置(労働施策総合推進法):2022年4月から中小企業にも相談窓口の設置が義務化。外国人労働者も保護対象であり、言語的なアクセス確保が実質的義務と解されます。
  • 育成就労制度(2027年完全施行予定):受入機関・監理支援機関に対して母語対応の相談体制整備が要求されます。現在から準備を進めることが重要です。
  • 個人情報保護法:翻訳ツールやAIサービスを活用する際は、相談内容という機微情報の取り扱いに注意が必要です。ChatGPTなどのクラウドAIに個人を特定できる相談内容を入力することは、情報漏洩リスクの観点から推奨できません。
  • 在留資格に関する相談:出入国管理及び難民認定法に関わる問題は、相談窓口担当者の判断で回答するのではなく、行政書士・弁護士などの専門家へつなぐルートを事前に明確にしておく必要があります。

「どこまで対応すれば義務を果たせるか」という問いへの答えは一概には言えませんが、実質的に相談できる環境を整備するという観点を基準に体制を構築することが、法的リスク回避と組織の健全化の両面で最善のアプローチです。

中小企業が取り組める多言語対応の具体策

ステップ① 自社の外国人労働者の言語構成を把握する

まずは、自社の外国人従業員がどの国籍・言語グループで構成されているかを確認します。日本全体では、ベトナム語・中国語・英語・インドネシア語・タガログ語(フィリピン)が主要言語となっていますが、企業によって構成は異なります。

全言語に対応しようとするのではなく、上位2〜3言語に絞って確実な対応体制を構築する方が現実的です。対応できる言語は明示し、対応できない言語については外部機関への橋渡し方法をあらかじめ決めておきましょう。

ステップ② 外部の通訳・相談サービスを活用する

専任の多言語対応スタッフを雇用することが難しい中小企業には、外部サービスの活用が現実的な選択肢です。

  • 公的機関の活用:厚生労働省が設置する「外国人労働者向け相談ダイヤル」(公益財団法人 人権教育啓発推進センター運営)や、都道府県労働局の相談窓口を従業員に周知する方法があります。
  • 民間の電話通訳サービス:ランゲージワン社などが提供する電話通訳サービスは、月額契約で利用でき、相談の都度通訳者をつなぐことができます。医療・法律分野への対応経験がある事業者を選ぶと安心です。
  • EAP(従業員支援プログラム)の多言語対応サービスメンタルカウンセリング(EAP)を外部委託している場合、多言語対応が可能なEAPプロバイダーを選定することで、メンタルヘルス相談から労務相談まで幅広くカバーできます。外国人労働者にとって言語の壁はメンタルヘルスの問題に直結しやすく、専門家による母語対応の相談窓口は非常に有効です。

ステップ③ 翻訳ツールは「補助」と位置づけて運用する

DeepLやGoogle翻訳などの翻訳ツールは、日常的なコミュニケーションの補助として活用できます。ただし、労働条件・賃金・ハラスメント対応など法律・制度に関わる内容は誤訳リスクが高いため、翻訳後の内容を母語話者が確認するダブルチェックの仕組みを設けることを推奨します。

また、入社手続き・給与の仕組み・有給休暇の取得方法・社会保険の概要などについて、主要言語版の多言語FAQをあらかじめ作成しておくことで、個別対応の工数を大幅に削減できます。このFAQは一度作成すれば繰り返し活用でき、費用対効果の高い投資となります。

ステップ④ 相談フローと記録ルールを明文化する

相談を受けた後の対応プロセスが明確になっていないと、担当者が判断に迷い、対応が遅れたり、問題が深刻化したりします。以下の点を社内ルールとして文書化しましょう。

  • どのような相談内容を誰が受け付けるか(一次窓口の担当者・担当部門)
  • 相談内容をどのように記録し、誰が管理するか(秘密保持の範囲を含む)
  • どのような場合に外部専門家(社労士・弁護士・産業医・行政機関)へエスカレーションするか
  • 在留資格に関する相談が出た場合の対応方針

特に、産業医との連携体制を整備している企業では、外国人労働者の健康管理や職場環境改善においても多言語対応の必要性が生じることがあります。産業医サービスを活用している場合は、産業医と連携した相談ルートの整備も検討に値します。

実践のための優先順位チェックリスト

限られたリソースのなかで多言語対応を進める際は、以下の優先順位を参考に段階的に取り組むことをお勧めします。

  • 【最優先】相談窓口の存在と使い方を母国語で周知する——窓口があっても知られていなければゼロと同じです。入社時のオリエンテーション資料を主要言語で整備するところから始めましょう。
  • 【高優先】社内の同国籍従業員による通訳運用を見直す——リスクを認識し、外部の通訳リソースを確保する方向に切り替えます。
  • 【高優先】多言語FAQ・労働条件通知書の整備——繰り返し発生する問い合わせを標準化することで、担当者の負担を減らしながら品質を確保できます。
  • 【中優先】外部の通訳サービス・EAPとの契約——デリケートな相談に対応できる中立的な外部窓口を確保します。
  • 【中優先】相談フロー・記録ルールの文書化——属人的な対応から組織的な対応へシフトするための基盤となります。
  • 【継続対応】育成就労制度への対応準備——2027年の完全施行を見据え、受入体制の見直しを計画的に進めます。

まとめ

従業員相談窓口の多言語対応は、外国人労働者が増加する現代の日本において、もはや大企業だけの課題ではありません。中小企業においても、法的義務への対応・人材の定着・職場トラブルの予防という三つの観点から、実効性のある体制整備が求められています。

「英語で話せる」「同僚が通訳してくれる」「窓口は設置した」——これらの対応が実は機能していない可能性があることを、まず認識することが出発点です。そのうえで、自社の言語構成の把握・外部サービスの活用・相談フローの明文化という三つの柱を軸に、段階的に体制を構築していくことが現実的なアプローチです。

言語の壁を取り除くことは、外国人労働者の権利を守るだけでなく、職場の問題を早期に把握し、深刻なトラブルを未然に防ぐための経営上の投資でもあります。今いる外国人従業員が「ここで働き続けたい」と思える職場環境をつくることが、人手不足時代の企業競争力を支える基盤となるでしょう。

よくある質問(FAQ)

外国人労働者向けの相談窓口は法律で設置が義務付けられていますか?

ハラスメント相談窓口の設置は、労働施策総合推進法により2022年4月から中小企業にも義務化されています。外国人労働者も当然に保護対象であり、言語的なアクセスを確保することが法令の趣旨に沿った対応です。また、外国人雇用管理指針では、苦情・相談への対応体制整備が事業主の努力義務として明記されています。義務の範囲だけを満たすのではなく、実質的に相談できる環境を整えることが、トラブル予防と法的リスク軽減の両面で重要です。

多言語対応にかかるコストを抑えるにはどうすればよいですか?

全言語に対応しようとするのではなく、自社の外国人従業員の国籍構成を把握したうえで、上位2〜3言語に絞って対応リソースを集中させることが費用対効果を高めるポイントです。また、繰り返し発生する問い合わせに対応した多言語FAQをあらかじめ作成しておくことで、個別対応の工数を削減できます。公的機関の無料相談窓口を従業員に周知する方法も有効です。民間の電話通訳サービスやEAP(従業員支援プログラム)の多言語対応オプションを活用することで、専任スタッフを雇用せずに一定の対応水準を確保することができます。

AI翻訳ツールを相談対応に活用しても問題ありませんか?

DeepLやGoogle翻訳などは補助ツールとして活用できますが、労働条件・ハラスメント・法律用語などに関わる内容は誤訳リスクが高いため、翻訳後の内容を母語話者が確認するダブルチェックを行うことを推奨します。また、ChatGPTなどのクラウドAIサービスに、個人を特定できる相談内容や機微情報を入力することは、個人情報保護法の観点から情報漏洩リスクがあるため避けるべきです。AIツールはあくまで補助手段として位置づけ、重要な相談対応は専門家や有資格の通訳者を通じて行うことが原則です。

監修・運営:INTERMIND株式会社

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